かのイチローは言いました
僕は天才ではありません。なぜかというと自分が、どうしてヒットを打てるかを説明できるからです。
とのことです。
いかに言語化できるか?ってことはすごく大事なことだと思う。
言語化できないと言うことは自分でもまだ理解していないと言うこと。
それを人に伝えるということになると自分の中できちんと理解していないことを教えるわけだから、より伝わらない。
ここで僕の持論だけど
自分が思っていたこと、考えていることを100%伝えたいと思ったとしても
きちんと言語化できても80%の考えしか言葉に載せれないと思う。
そこで聞く側は、本当に感のいい子。例えば1言えば10わかってくれるようなそんな子でも80%しか伝わらないと思う。
感の悪いこなら30%〜ほどかもしれない。
すると頭のなかで100%だったものが伝えた気でも非常に言語化できてる人でも口に出し時に80%
その80%の中の30%しか伝えれない
数値にすると
100が口に出した時に80
80の中の30なので24だ
感のいい子でも64だ
こちらは100%伝えた気でいる。がししかし言語化できてる人が感のいい子に伝えたとしても64なのだ…
これが言語化できてなかったとしよう。
考えが100だった状態で口にだしたら50%だったとしたら?
とそこでまたかのイチローの言葉に戻る
「準備」というのは、言い訳の材料となり得るものを排除していくこと。
これだ。まずいかにそう言うことをしているかだ。それが足りない数値を補っていく
しっかりと準備もしていないのに、目標を語る資格はない。
これだ。自分にやってるという自負がある時点でだめだ
どんなに難しいプレーも、当然にやってのける。これがプロであり、僕はそれにともなう努力を人に見せるつもりはありません。
これだ。これこそプロだ
努力をすれば報われると本人が思っているとしたら残念。第三者が見ていると努力に見えるが本人にとってはまったくそうではない、という状態になくてはならない。
これだ。これこそその通りだ。努力、頑張った、時間をかけた、お金をかけたと言う当たり前なことが努力と思ってはダメだ。
そして
夢は近づくと目標に変わる。
これだ!!!!!!!
今日はスタッフに向けて
さ
今日も頑張ります!!!!!
ぜひ下の漫画も買って見てください。これ買ったからって僕に収益くるようなアレしてません